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札幌高等裁判所 昭和50年(ラ)37号 決定 1975年12月24日

抗告人(債権者)

甲野花子

右代理人

丸岡敏

外三名

相手方(債務者)

甲野一郎

右代理人

岩城弘侑

外一名

主文

一  原決定を取消す。

二  抗告人が保証として金二〇〇〇万円を立てることを条件として左のとおり命ずる。

(一)  相手方の別紙一不動産目録

(一)ないし(四)記載の各不動産及び別紙二動産目録記載の各動産に対する各占有を解き、札幌地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

(二)  執行官は、抗告人が右(一)記載の各不動産及び各動産の占有を他に移転したり、占有名義を変更したりしないことを条件として、抗告人に対し、右(一)記載の各不動産及び各動産の使用(右各動産についてはこれに所要の記入をすることを含む。)を許さなければならない。但し執行官は相手方から、手稲病院の開設者として、同病院施設の修繕若しくは改築のため又はその他の目的のために右(一)記載の各不動産に立入る必要があるとして、その許可の申出があつたときは、札幌地方裁判所の命令を得たうえ、一定の期間を定めて、相手方が右(一)記載の各不動産に立入つて所要の事項をなすことを許さなければならず、また抗告人に右(一)記載の各不動産及び各動産の使用を許したのち、執行取消の申立があつたときは、右各不動産及び各動産に対する抗告人の占有を解き、相手方にその占有を得させなければならない。

(三)  執行官は、前項本文の場合において、右(一)記載の各不動産及び各動産がその保管にかかることを公示するため適当な方法をとらなければならない。

三  訴訟費用は、一、二審とも、全部相手方の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一、抗告人

(一)  (抗告の趣旨)

1 原決定を取消す。

2 相手方の別紙一不動産目録(三)及び(四)記載の各不動産及び別紙二動産目録記載の各動産に対する各占有を解いて、札幌地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

執行官は、抗告人に右各不動産及び各動産の使用を許さなければならず、この場合右各不動産及び右各動産がその右保管にかかることを適当な方法で公示しなければならない。

(二)  (当審での新らたな申請の趣旨)

相手方の別紙一不動産目録(一)及び(二)記載の各不動産に対する各占有を解いて、札幌地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

執行官は、抗告人に右各不動産の使用を許さなければならず、この場合執行官は、右各不動産がその保管にかかることを適当な方法で公示しなければならない。

(三)  本件手続費用は、一、二審とも相手方の負担とする。

との裁判を求める。《以下事実欄省略》

理由

第一本件仮処分申請の適法性を争う相手方の主張について

一右主張1(行政事件訴訟法四四条牴触の主張)について

相手方が北海道知事から、申請の理由(一)の1の(1)記載のとおり医療法七条一項に基づいて本件病院開設の許可を受け、その後申請の理由(一)の1の(1)、(4)、(9)記載のとおり同法二七条に基づいて、別紙一不動産目録(三)及び(四)記載の各建物を本件病院の施設として使用できる旨の許可証の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、右知事の相手方に対する右開設許可及び右許可証の交付の各行為が「行政庁の処分」に該当することは明らかであるが、知事のなす同法七条一項による同法一条一項にいう病院(以下病院というときはかかるものをいう。)の開設許可は、同法による病院の開設の一般的禁止を前提として、特定の者にこれを解除してやり、適法に右病院を開設することを可能ならしめる効力を有するにすぎず、右開設許可を得た者に病院を開設する権利を創設するものではなく、また知事のなす同法二七条による病院施設使用許可証の交付は、同法による、物的施設を病院のそれとして使用することの一般的禁止を前提として特定の者にこれを解除してやり、これを病院施設として適法に使用することを可能ならしめる効力を有するにすぎず、右施設使用許可証の交付を受けた者に右施設を使用し得る権利を創設するものではない。

他方、行政事件訴訟法四四条により、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為については、民事訴訟法に規定する仮処分をすることはできないのであるが、抗告人の本件仮処分申請は、申請の理由一の(一)の1、2、8記載のような私法上の争いある権利関係を前堤として私人たる相手方を相手どり、事実摘示第一の一の(一)の2及び(二)記載のような内容の仮処分を求めるものであるから、直接に右知事の相手方に対する右開設許可及び右許可証交付の各行為の効力ないし執行の停止を求めるものでないことは勿論たとえ本件仮処分申請が許容され執行されたとしても右知事の相手方に対する右開設許可及び右許可証交付によつて生じた前叙の効力にはなんらの消長をきたすものではないから、実質上も行政事件訴訟法四四条に牴触するものではない。してみれば、抗告人の本件仮処分申請は、行政事件訴訟法四四条によつて禁止されている、行政庁の処分その他の公権力の行使にあたる行為についての仮処分の申請にはあたらず、また相手方主張のような右法条を潜脱する結果を導くものでもない。それゆえ相手方の前記主張1は採るを得ない。

二右主張2(先行仮処分との牴触の主張)について

債権者相手方、債務者抗告人間の札幌地方裁判所昭和五〇年(ヨ)第二三七号職務執行停止仮処分命令申請事件について、同裁判所が、昭和五〇年六月一七日、「本案判決確定に至るまで債務者(本件抗告人)は本件病院の管理者の職務を執行してはならない。」との仮処分決定をなし、同日右決定が右双方に送達されたことは当事者間に争いがない。しかし、成立に争いがない甲第八二号証の二の記載によれば、申立人抗告人、被申立人相手方間の札幌地方裁判所昭和五〇年(モ)第一二〇四号仮処分異議にともなう執行停止申立事件について、同裁判所が昭和五〇年八月一三日、右仮処分決定にかかる仮処分申請の異議事件の判決をなすに至るまで右仮処分決定に基づく執行はこれを停止する旨の決定をなし、右の頃右決定書は右双方に送達されたことが認められる。従つてじ余の判断をなすまでもなく、前記仮処分決定のあつたことは、抗告人の本件仮処分申請の妨げとならないことが明らかである。そうだとすれば、相手方の前記主張2も採るを得ない。

第二申請の理由について

一争いある権利関係について

先ず抗告人主張の経営委任契約による権利関係の存否について考えてみる。

(一)  医師である相手方が昭和三九年三月三日、北海道知事から医療法七条一項に基づいて、札幌市西区手稲前田四〇二番地において精神神経科及び内科の病院である手稲病院(本件病院)の開設の許可を受けて、右の頃右病院を開設し、その後同年八月頃別紙一不動産目録(一)記載の土地上に同目録(三)記載の建物(但し、右当時の右建物の状態等は申請の理由(一)の1の(1)の( )内記載のとおりであつた。)を建築してその所有権を取得し、その頃右知事から医療法二七条に基づいて本件病院の開設者として右建物を本件病院の施設として使用することができる旨の許可証の交付を受け、じ来昭和四五年九月頃まで右建物を占有して本件病院を経営し、その間別紙二動産目録記載の各動産のうち申請の理由(一)の1の(1)記載の各入院患者にかかる動産を作成してその所有権を取得し、これらを占有してきたが、昭和四五年八月六日に右建物が火災により一部焼失し入院患者五名が死亡するという災害が発生したことは当事者間に争いがない。

(二)  右判示の事実に、<証拠>を総合すれば、次の1ないし15の各事実が疎明される。

1 相手方は、北海道沙流郡門別町富川三八六番地において昭和二二年頃から内科の専門病院である上野病院を経営し、昭和三九年三月頃からは、右上野病院と本件病院との両方を経営していたが、課税対策上本件病院を相手方の妹の山田文子が経営しているように仮装して、本件病院の経営を始めた頃右山田をして所轄税務署に対し右山田が本件病院の事業主である旨の届出をさせた。そこで、昭和三九年三月頃から同四五年九月までの間は、相手方が他の医師を雇用して同人を本件病院の医療法一二条一項但書による管理者に選任して本件病院を経営し、これによる所得を全部取得していたが、右山田が本件病院の経営者であると仮装して同女が右経営による所得につき税金を納入し、相手方は同女から本件病院の建物等を賃貸してその賃料として毎月金二三万円余の支払いを受けているにとどまる旨帳簿上仮装の記帳処理をしていた。

2 ところが、昭和四五年八月六日に前判示のとおり本件病院の建物が火災で一部焼失し、入院患者が死亡する事故が発生し、それまで本件病院に医師を派遣して援助していた北海道大学から昭和四五年一〇月一日以降は右援助をしない旨の通告を受けたので、相手方は、右事故の事後処理に苦慮し、本件病院の経営を続けることに嫌気がさし、本件病院を廃業しようと考えていた。

3 医師である抗告人と相手方とは昭和四二年二月二一日婚姻届をした夫婦であつて(右事実は当事者間に争いがない)、右双方は、昭和四九年一〇月頃までは互いに愛情を抱いて仲が良かつた。抗告人は北海道大学医学部で研修して昭和四五年一〇月頃精神鑑定医師の資格を得た。相手方は先妻との間の子供がいたが、抗告人と相手方との間には子供がいなかつたので、抗告人は老後のことを考えて本件病院を自分で経営して老後の収入源を確保することを計画して、昭和四五年九月頃相手方にこの考えを打明けたところ、相手方は、前記のとおり本件病院の経営を続けることに嫌気がさしていたので、抗告人の右考えに賛同し、妻である抗告人に本件病院の経営を委すことを承諾した。そこで、昭和四五年九月中旬頃、抗告人と相手方とは、次の(1)ないし(9)の約定で、期限を定めず、抗告人が本件病院の経営を引受ける旨の契約を口頭で締結した。

(1) 抗告人は、「手稲病院院長甲野花子」の名称を使用して本件病院を経営し、右経営による所得及び負債は全部抗告人に帰属する。

(2) 相手方は、本件病院の医療法七条一項所定の開設者の地位を保持し、抗告人を同法一二条一項但し書による本件病院の管理者に選任する。医療法上は相手方は右開設者、抗告人は右管理者の関係において抗告人は本件病院の経営をなすものとする。

(3) 抗告人は、相手方所有の別紙一不動産目録(一)及び(二)記載の各土地を本件病院経営のための作業療法施設、レクレーション施設、その他の施設として使用できる。(右各土地が相手方の所有であることは当事者間に争いがない)

(4) 抗告人は、相手方所有の別紙一不動産目録(三)記載の建物(但し、右当時右建物は申請の理由(一)の1の(2)のニの( )内記載のとおりの状態であつた。)を本件病院経営のため使用できる。

(5) 抗告人は、相手方がそれまで本件病院の経営により、取得して昭和四五年一〇月一日現在残存している本件病院の営業に属する財産中、預金及び診療報酬等の未収金債権、薬品、資材、別紙二動産目録記載の動産のうち前記一の(一)に判示の患者にかかる各動産並びに什器備品全部を譲り受け、相手方がそれまで本件病院の経営により他人に負担して昭和四五年一〇月一日現在残存している薬品等の買掛金債務及び借入金等の未払金債務(但し、税金は除く)の履行を引受け、右各債務の債権者に対し代位弁済をなす。

(6) 相手方は、抗告人に対し前記(3)、(4)記載の各不動産並びに前記(5)記載の各動産を昭和四五年一〇月一日限り引渡す。

(7) 抗告人は、相手方が従来本件病院経営のため雇用していた従業員(看護婦、看護士、事務職員等)を昭和四五年一〇月一日を以つて引き続き雇用する。

(8) 抗告人は、相手方に対し次のとおり金員を支払う。

イ 前記(5)記載の抗告人が譲り受けた財産の価額と前記(5)記載の抗告人が履行の引受を約した負債の金額との差額金である金五七四万六二三七円を昭和四五年一〇月一日から同四七年一二月末日頃までの間に分割して支払う。

ロ 前記(4)記載の不動産の賃料の名義で昭和四五年一〇月一日以降毎月末日限り一箇月あたり金一五万円を支払う。但し、右金員のうち金四万円については住友信託銀行手稲支店の山田文子名義の普通預金口座に毎月右金四万円あて振込んで支払う。

(9) 本契約の期間の始期は昭和四五年一〇月一日とする。

4 そこで、相手方は、昭和四五年一〇月一日、抗告人に対し右契約に基づき前記3の(3)、(4)記載の各不動産並びに前記8の(5)記載の各動産を引渡してその占有を移転し、右の頃北海道知事から医療法一二条一項但し書に基づき、前記3の(2)記載のとおり相手方が抗告人を本件病院の管理者に選出したことにつきその許可を得た。そして、その後後記15に記載の事態が発生するまでの間抗告人は、別紙二動産目録記載の動産のうち前記一の(一)記載の患者にかかる各動産を除くその余の各動産を作成して、その所有権を取得し、これらを占有していた。

5 相手方は、昭和四六年一〇月一〇日別紙一不動産目録(三)記載の建物のうち別紙四図面記載部分の一、二階部分を増築し、同図面記載のの附属建物(但し、後記9記載の増築部分を除く)を新築し、ついで、右の頃北海道知事から本件病院の開設者として右増、新築した部分につき医療法七条二項の許可を受け、同時に同法二七条に基づいて右増、新築した部分を本件病院の施設として使用できる旨の許可証の交付を受けた。(右事実は当事者間に争いがない。)

6 相手方は、昭和四六年六月頃医療金融公庫から金七四六〇万円を借受け、これを右建物増、新築費用にあてた。右借受金は低利且つ長期の割賦で弁済できるため有利であつたが、別紙一不動産目録(三)記載の建物の所有者は相手方であつて相手方が前記のとおり右建物一部焼失の災害を被つたので、相手方であれば右建物増、新築のための資金を右公庫から早期に借受けできるため、相手方が右のとおり右公庫から借受けて、右建物の増、新築をした。

7 そこで、右の頃抗告人は、相手方との間で、右増、新築した部分を前記3記載の契約に基づく抗告人の本件病院経営のために抗告人が使用できる対象物に加える旨の契約を締結したので、その頃相手方は抗告人に対し右増、新築した部分を引渡して、その占有を移転した。

8 抗告人は相手方との間で、昭和四六年一二月頃、右契約締結に伴い相手方から要求されて相手方に対し同年同月三一日別紙一不動産目録(三)記載の建物の昭和四六年一〇月一日から同年一二月三一日までの間の賃料の追加分名義で金一九五万円を支払う旨を約し、その頃、本件病院の経営による収入が増加したことを理由に相手方から前記3の(8)のロ記載の賃料名義の金員の増額の申し入れもあつたので、右金員を昭和四七年一月一日以降は月額金七四万円に増額改訂する旨を約し、その後同年三月一日以降は月額金八四万円に増額改訂する旨を約した。

9 抗告人は、昭和四七年一〇月頃相手方の承諾を得て別紙一不動産目録(一)記載の土地上に同目録(四)記載の建物を新築しその所有権を取得して、これを占有し、ついで、右の頃相手方の承諾を得て、同目録(三)記載の建物のうち別紙四図面記載の部分の三、四階部分及び同図面記載のの附属建物の一部を工事費用金四五五〇万円余を支出して増築したが、右増築部分は別紙一不動産目録(三)記載の建物に附合したので、右増築部分の所有権は相手方に帰属した。(右事実のうち、抗告人が右各建物の新、増築につき相手方の承諾を得たこと及び右建物増築につき工事費用金四五五〇万円を支出したことを除くその余の事実は当事者間に争いがない。)

10 そこで、同年一〇月三〇日頃、抗告人は、相手方との間で、相手方が抗告人に対し別紙一不動産目録(三)記載の建物の所有権の共有持分三分の一を代金四五五〇万円で売り、右代金は抗告人が右附合により民法二四八条、七〇四条に基づき相手方に対し取得した償金債権金四五五〇万円を対当額で相殺して決済する旨の売買契約を締結し、右契約により、相手方の意思に基づき昭和四九年一一月一日右建物につき抗告人の共有持分を三分の一とする所有権の一部移転登記がなされた。

11 そして、右の頃相手方は、北海道知事から、本件病院の開設者として別紙一不動産目録(三)記載の建物の右増築部分及び同目録(四)記載の建物につき医療法七条二項の許可を受け、同時に同法二七条に基づいて、これらを本件病院の施設として使用できる旨の許可証の交付を受けた。(右事実は当事者間に争いがない。)

12 抗告人は、前記9記載の各建物の建築費用として合計金七五〇〇万円余を支出したが、右費用捻出のため、自分の手持資金のほかに、昭和四七年一一月七日株式会社北海道銀行(取扱店手稲支店)から金七五〇〇万円を元金は昭和四八年一月から毎月二五日に金一〇〇万円あて割賦弁済し、利息は年7.4パーセント、遅延損害金は年一八パーセント、抗告人が右割賦金等の支払いを一回でも遅滞したときは当然期限の利益を失う旨の約定で借受け、その際相手方は右債務について連帯保証をなし、同時に右債務を担保するため別紙一不動産目録(三)記載の建物につき右銀行に対し極度額金七五〇〇万円の根抵当権を設定し、これに基づき同四八年九月一七日右建物につき右同内容の根抵当権設定登記をなした。一方、抗告人は、昭和五〇年二月二五日別紙一不動産目録(四)記載の建物につき右債務を担保するため右銀行に対し右同内容の根抵当権を設定して、同年同月二五日右建物につき抗告人を所有権者とする保存登記を了したうえ右同内容の根抵当設定登記をなした。

13 抗告人は、昭和四七年一〇月三〇日頃相手方との間で、別紙一不動産目録(三)記載の建物の全部を、前記8記載の契約に基づく本件病院経営のために、抗告人が使用できる対象物に加える旨の契約を締結したので、抗告人は前記9記載の増築部分をそのまま占有することになつた。

14 以上の経緯により、抗告人は、前記3、7、13記載の契約に基づき、昭和四五年一〇月一日から後記15に記載の事態が発生するまでの間別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産及び別紙二動産目録記載の各動産を占有使用して、本件病院を経営して、右の間の右経営による収入金の全部を取得する一方、右の間の右経営による債務をみずから負担してこれを支払い、右収入については抗告人が独立した事業主であるとして課税されたので、右税金を納付し、ついで、相手方に対し前記3の(8)のイ、ロ、8記載の賃料名義の金員等を支払つた(但し、右賃料名義の金員については当初の頃の三箇月分位が未払いであり、また前記3の(8)のイ記載の金員のうち金一八六万〇四五六円については相手方から支払いの免除を受け、帳簿上前事業主の岡田賤子から右同額の贈与があつた旨の処理をし、更に毎月支払う賃料名義の金員のうち金四万円については前記3の(8)のロ記載の約定により住友信託銀行手稲支店の山田文子名義の普通預金口座に毎月金四万円あて振込んで支払つた。)。右賃料名義の金員の金額については、税務官庁により適正な賃料金額である旨認定されており、抗告人は、当初の頃は本件病院の経営が苦しくて右金員の支払いに難渋したが、相手方が右金員の支払いを猶予しなかつたため、抗告人は止むを得ず苦しいながらもほとんど約定どおりの期限にこれを支払つてきた。抗告人は、右の期間中、本件病院の従業員らに対する労務管理や同人らとの待遇改善等に関する団体交渉にも相手方の援助を求めず単独であたり、相手方に対し、本件病院経営の収支又はその実状等の報告や説明をしたことは一度もなく、本件病院の経営による収入のうちから右支払いの賃料名義の金員等のほかに相手方に渡した金は一銭もなかつた。一方、相手方は、右の期間中、本件病院の物的施設や備品等につき、後示のような援助をしたほかは、昭和五〇年三月頃後記15に記載の動機から同所に記載のとおり、にわかに抗告人に対し本件病院の経営に関し種々の要求等をなすようになつた以前は抗告人に対し、本件病院の経営に関して指図又は要望等の申し入やその収支の監査ないし調査をしたことは全くなく、前記支払いを受けた約定の賃料名義の金員等のほかに本件病院の経営による収入から金を受け取つたり、相手方に対し右収入金の引渡しを要求したりしたことは一度もなかつた。

なお、右の期間中、相手方は前記(一)記載の開設者、抗告人は前記(二)の3の(2)記載の管理者の各地位をそれぞれ保持し、医療法上は右関係において、抗告人は、本件病院を前記のとおり経営してきた。

15 相手方は北海道沙流郡門別町富川に居住して前記上野病院を経営し、一方抗告人は札幌市中央区北三条西一二丁目に居住して本件病院に通勤してその経営にあたり、右双方は昭和四九年一〇月頃までは毎週々末だけに相手方が抗告人の許に来て逢い夫婦生活を続けていたが、相手方の異性関係に疑われる点があつたため、右双方は同年同月以降は逢うことを止め夫婦関係を断ち、じ来右双方の夫婦関係は破綻するに至つた。その上、相手方は、昭和五〇年の初め頃から前記上野病院の経営に関し不正行為があり多額の脱税の事実があるとして所轄官庁からこれらを摘発されるおそれがあつたので、上野病院の先行につき相当危惧の念を抱く一方、抗告人の方が本件病院の経営により相当高額な収入を挙げていることを聞知したので、にわかにみずから本件病院の経営に乗り出そうと考え、同年三月頃相手方に対し、本件病院の収入を明らかにするよう迫る一方、上野病院と本件病院とを一つにして医療法人を設立して抗告人を単にその専従医師として雇用し給与を支払う、相手方と先妻との間の子正道を本件病院の後継者にする、前記山田文子に本件病院の会計を管理させる等の計画を提案したが、抗告人はこれらを拒否した。そこで、抗告人は、実力をもつて右自己の考えを実現しようと企み、昭和五〇年四月二八日の早朝六名の男を引連れて本件病院に赴き、抗告人に無断で、抗告人が院長として使用していた院長室のドアーや右室内のロツカーの施錠をパール等で破壊して別紙一不動産目録(三)及び(四)記載の各建物内に侵入し、その直後本件病院の職員の急報で本件病院外の居宅から駆付けてきた抗告人に対し「おれの病院だ、今後はおれが思うどおりにする。」と通告して、じ後抗告人が右各建物内に入るのを実力をもつて妨害し、かくして右の頃別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産及び別紙二動産目録記載の各動産についての抗告人の占有を侵奪して、じ来これらを占有し本件病院を経営している。なお、相手方は同年六月頃、前記上野病院の経営について多額の脱税ありとして所轄官庁によつて摘発された。

(三)  右(一)、(二)に判示の事実によれば、昭和四五年九月中旬頃、抗告人は、相手方との間で、抗告人が前記(二)の3の(1)ないし(9)記載の約定で抗告人の計算(経営により生じた所得及び負債は抗告人に帰属する)により本件病院の経営の委託を受ける旨を約し、その後、相手方は、抗告人を本件病院の前示管理者に選任したことにつき北海道知事の許可を受け、抗告人と相手方とは前記(二)の7、13記載のとおり別紙一不動産目録(三)記載の建物のうちのその後の増、新築された部分を本件病院経営のため使用できる施設に加え、更にその後抗告人が同目録(一)記載の土地上に同目録(四)記載の建物を建築してこれをも本件病院経営のため使用できる旨約したものであり抗告人が相手方に支払つた前記(二)の14記載の右目録(三)記載の建物の賃料名義の全員等は、実質上は、抗告人が相手方から右のとおり本件病院の経営の委託を受けたことに対する報酬金として支払われたものであることが疎明されたものというべきであるが、これによれば、抗告人と相方とが締結した右契約は、医療法上ないしは対外的には相手方が本件病院の開設者、抗告人がその管理者という関係を保持しながら、内部的には抗告人が相手方から別紙一不動産目録(一)及び(二)記載の土地、並びに同目録(三)記載の建物(のちには相方の共有持分三分の二)を使用させてもらうと共に前記(二)の3の(5)記載の各動産を譲受け、抗告人が右各不動産(のちには抗告人所有の右不動産目録(四)記載の不動産をも含む。)及び動産等を使用して抗告人の計算で(本件病院の経営による収入及び負債は抗告人に帰属するとの趣旨)本件病院を経営することの委託を受け、これに対して一定の報酬金を支払う旨のいわゆる経営委任契約の一種であると認めるを相当とする。

(四)  相手方は、本件病院については、相手方は抗告人を単に同病院の管理人として即ち相手方の機関として使用し、別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産及び別紙二動産目録記載の各動産については相手方がこれを直接占有して使用し相手方の計算において本件病院を経営し、相手方に帰属すべき収入金の一部を相手方から賃料の名義で引渡しを受け右収入の残余は当初さほど多いとは予測されなかつたので抗告人に一応自由につかわせていただけのものであり、また、前記(二)の10記載の建物の所有権の一部移転登記は抗告人が相手方に無断でなしたものである旨主張する。しかして相手方は当審における本人尋問において、右主張にそう趣旨の供述をし、<証拠>には右主張にそう趣旨の記載があるほか疎明資料によつて認められる次の各事実すなわち、①相手方は前記(二)の6に判示のとおり医療金融公庫から借金して多額の建築費を支出して別紙一不動産目録(三)記載の建物を増、新築し、その後右公庫に右借金を支払つていること、②<証拠>によれば、相手方は、昭和四九年九月二一日国際協商株式会社から別紙一不動産目録(一)及び(二)記載の各土地に隣接する札幌市西区手稲前田三八一番三一原野二六二平方メートル及び同所三八一番三二原野三三一七平方メートルを代金四五二〇万円で買受けたことが認められること、③<証拠>によれば、相手方は、昭和四六年秋丸井今井百貨店から患者用ベツト、マツト、テーブル、椅子等を代金約一二〇万円で買い受けてこれを本件病院に納入させ、その頃右代金を右百貨店に支払つたこと、相手方は、昭和四五年から昭和四六年までの間の歳暮及び中元品について前記上野病院と本件病院との両方の分を右百貨店に注文して各贈答先に納入してもらいその代金(右両方で一回約金六〇万円)を支払つたこと、相手方は、昭和四八年六月頃ヒグチ工芸社に注文して本件病院に電気照明付大看板を設置させて右の頃右工事代金一二二万円を右ヒグチ工芸社に支払い、更に、同年八月頃株式会社古川建設に注文して別紙一不動産目録(一)及び(二)記載の各土地の周囲にフエンスによる囲いの工事をさせて右の頃右会社に右工事代金五四万五〇〇〇円を支払い、ついで昭和四九年四月頃右会社に注文して本件病院の道路を補修させて右の頃右会社に右工事代金四九万円を支払い、昭和四九年七、八月頃他の業者に本件病院の洗濯場改造修理をさせて右の頃右業者に右工事代金二〇〇万円を支払い、昭和四九年八月頃株式会社エスコリースからアメリカ製洗濯機及び回転乾燥器をリースしてこれを本件病院のため使用させて、じ来右会社に右リース代として毎月約金二三万円あてを支払つていることがそれぞれ認められること、以上のような事実が認められることからすれば、相手方の前記主張も一応裏付けられるかのように見えないでもない。

しかしながら、右①記載の相手方が建物を増、新築した事実については、前記(二)の6に判示の事情があつて、相手方が医療金融公庫から有利な融資を受け得たためこれによる資金で右建物の増、新築をなしたものであることや、相手方は本件病院の開設者の地位を保持しているので、右開設者としての立場から、妻である抗告人による本件病院の経営を夫として援助し、将来の発展を望んで右建物を増、新築したものとも推認できることを考え合すと、相手方が右建物を増、新築した事実は、未だ相手方の前記主張の裏付けとなり得ないものというべきである。次に右②記載の相手方が土地を購入した事実については、当審における抗告人本人尋問の結果によれば、相手方は将来右土地を有利に他に転売する投資の目的のために購入したものであると認められなくはなく、そうでないとしても、右に判示のとおり相手方は本件病院の開設者としての立場から妻である抗告人の経営する本件病院の将来の発展を望んで右土地を購入したものであると考えられるので相手方の右土地購入の事実も相手方の前記主張の裏付けとはなり得ないものというべきである。更に、右③記載の相手方が本件病院のため各種の出資をなした事実については、前記(二)に判示の事実に<証拠>を総合すれば、相手方が右各出資をなした当時抗告人と相手方とは円満な夫婦関係にあつたので、相手方は、抗告人から要請されて、妻である抗告人を援助するためや本件病院の開設者ないしはその所有不動産の貸主としての立場を考慮して本件病院のため右各出資をなしたものと認め得るので、相手方が右各出費をなした事実も相手方の前記主張の裏付けとするには不充分であり、前記(二)に判示の事の一連の経過及びその認定に供した前掲疎明資料に照すと、結局において相手方の前記主張にそつたその前示供述並びに前示各書証の各記載内容はいずれも採用できないものとせざるを得ない。

他に前記(二)、(三)の認定を覆すに足りる疎明資料はない。(なお、<証拠>によれば、相手方は、昭和四六年以降、別紙一不動産目録(三)記載の建物につき固定資産税を納入し、右建物の火災保険料を支払つており、昭和四二年三月頃から抗告人の母に対しその生活費として毎月一定額の金員を送金し、夫婦の仲が円満であつた間妻である抗告人に対しその生活費として毎月金一一万円あてを送金し、また抗告人が北海道保険医会に支払うべき保険医年金の保険料を相手方が支払つていたことが認められるが、相手方の右固定資産税及び火災保険料の支出は右建物の所有者としてなしたものであるし、また、前示<証拠>によれば、右各送金ないし支払いは、相手方が抗告人の夫である立場から抗告人との約束で実行していたものであることが認められるので、右各事実があることによつては前記(二)、(三)の認定を覆すに足りないことは多言を要しない。)。

(五)  そこで、相手方の抗弁について検討する。

1 抗弁1の(1)(強行法規違反、公序良俗違反の主張)について

(1) 医療法一条一項は、同条項所定の病院は、科学的で且つ適正な診療を受けることができる便且を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されなければならない、と規定している。同法七条一項は病院を開設しようとするときは都道府県知事の許可を受けなければならない旨規定し、これに違反した者は同法七二条一号により刑罰を科されることになつている。また同法二四条は、都道府県知事は同条所定の場合に病院開設者に対し、期間を定めてその全部若しくは一部の使用を制限し、若しくは禁止し、又は修繕若しくは改築を命ずることができる旨規定し、同法二八条は、都道府県知事は同条所定の場合開設者に対し、管理者の変更を命ずることができる旨規定し、同法二九条は、都道府県知事は同条所定の場合病院の開設許可を取り消し又は開設者に対し期間を定めてその閉鎖を命ずることができる旨規定している。医療法に以上のような規定が存することから考察すると、同法七条一項は、同条項による病院の開設許可を得た者(以下、単に開設者という)でない者が病院の経営をなすことを禁止する趣旨を含むものと解するのが相当であり、同法の目的ないし趣旨並びに前叙諸規定の存することに鑑み、右禁止規範は強行法規であつて、これに違反することを目的とする契約は無効であると解するを相当とする。しかしながら、病院の開設者が同法一二条一項但し書の規定により、都道府県知事の許可を得て医師たる他の者に病院の管理をさせるときは、同法によつて開設者として、その監督行政庁たる都道府県知事から下されることあるべき命令に服するのに支障をきたさないかぎりは、当該管理者に対して内部関係上、病院経営の管理を委任することないしは病院経営を委任することも、医療法の目的ないし趣旨に反するところはないと考えられるから、これは同法七条一項に違反するものではないと解するのが相当である。

(2) そこで右の見地に立脚して本件をみるに、抗告人と相手方とが締結した契約は前記(三)に判示のとおりの本件病院の経営委任契約であるが、前記(二)に判示の事実によれば、抗告人と相手方とは夫婦であつて、知事による病院監督上の命令に対する服従に関しては明示的には特段の定めをしていないが、相手方は抗告人の本件病院の経営に関し各種の援助をなして抗告人もこれを受入れてきた経緯があり、医療法上は相手方が前示開設者、抗告人が前示管理者の地位を保持しこの関係において抗告人が本件病院の経営にあたることになつていることを考え合すと、抗告人と相手方とは、前記経営委任締結の際に、相手方が本件病院の開設者として知事から病院監督上の命令を受けた場合、相手方は、該命令に服するために必要な事項を抗告人に要求し得る権限を留保する旨を黙示の裡に合意したものと認めるのが相当であり、従つて相手方が本件病院開設者として北海道知事から監督上の命令を受けても、これに服するに支障はないものと認められる。そうだとすれば、前説示したところにより、抗告人と相手方とが締結した本件病院の前記経営委任契約は前記強行法規に違反し又はこれを潜脱した無効なものとは認められない。なお、相手方は、右経営委任契約が強行法規に違反していないとしても公序良俗に違反して無効である旨主張するが、前記(二)に判示の抗告人が相手方との間で右経営委任契約を締結した動機ないし目的、及び右契約の内容に照らすと、右契約が公序良俗に違反しているものとは認めがたい。

してみれば、相手方の抗弁1の(1)の主張は採用できない。

2 抗弁1の(2)(民法七五四条による取消の主張)について

抗告人と相手方とが昭和四二年二月二一日婚姻届をした夫婦であることは、前記(二)の3に判示のとおりである。相手方が抗告人に対し、昭和五〇年一一月七日抗告人に送達された同年同月同日付本訴の準備書面をもつて民法七五四条に基づき前記経営委任契約を取消す旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。なお、相手方が抗告人を本件病院の前示管理者に選任したのは、前判示のとおり前示経営委任契約の約定の一環としてなしたものであるから、前示経営委任契約が取消されて終了した場合は、これにより当然抗告人は前示管理者の地位を解任されてこれを失うものというべきである。

そこで、抗告人主張の再抗弁1の(1)について検討する。夫婦は、夫婦関係が破綻した場合においては、互いに他方に対し右法条に基づく取消権を行使できないと解するを相当とする。ところで、抗告人と相手方との間の夫婦関係が昭和四九年一〇月頃破綻して、じ来そのような状態が今日まで続いていることは前記(二)の15に判示のとおりである。そうだとすれば、右に説示のとおり、この場合相手方は抗告人に対し右法条に基づく取消権を行使できないというべきであり、抗告人の再抗弁1の(1)の主張は理由があるから、相手方の抗告人に対する前判示の取消しの意思表示は効力を生じない。

してみれば、相手方の抗弁1の(2)の主張は採用できない。

3 抗弁1の(3)(信頼関係の破壊による解除の主張)について

(1) 昭和五〇年四月二八日相手方が別紙一不動産目録(三)、(四)記載の各建物に実力をもつて侵入した際、抗告人に対し、「おれの病院だ、今後はおれが思うどおりにする。」と通告した事実があつたことは前記(二)の15に判示のとおりであり、右通告は、その前後の状況から判断して、相手方が抗告人に対して前示経営委任契約を解除する旨の意思表示をなしたものであると解される。

(2) 前記(三)に判示の抗告人が相手方との間で締結した本件病院の経営委任契約は、抗告人が本件病院の建物等の施設を使用して本件病院を経営しこれによる収入を取得し、その報酬金として相手方に賃料等の名義で金員を支払うものであるから、建物の賃貸借契約に類似しているものというべきであり、従つて右経営委任契約については建物の賃貸借契約に関する民法等の規定や法理をその性質の許すかぎり類推適用するを相当と解する。してみれば、抗告人に本件病院経営に関する犯罪行為、その他の不正行為があり、そのため、相手方と抗告人との間の信頼関係が著しく破壊された場合には、相手方はこれを理由として即時、抗告人に対し前示経営委任契約を解除することができるものと解するを相当とする。なお、前記2に説示のとおり前示経営委任契約が解除されて終了した場合はこれにより当然抗告人は前示管理者の地位を解任されてこれを失うものというべきである。そこで、以下相手方が抗弁1の(3)において主張するような抗告人に不正行為があつたか否かについて検討する。

(3)イ <証拠>によれば、札幌市等の社会福祉事務所は、昭和四五年一〇月一日以降本件病院の入院患者の日用品購入のための生活保護費を抗告人の承諾の下に小樽信用金庫の抗告人名義の当座預金に振込んで抗告人に対し右患者のため右金員の保管を委託していたこと、右預金の引出しについては、本件病院の事務長が、各患者別現金出納帳を記帳して、会計担当の山田文子に右預金引出しのための小切手を切るよう命じ、この小切手により右預金の引出しがなされていたことが認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない。

ロ <証拠>によれば、昭和四九年六月頃前記事務長から前記山田文子に対し、札幌東急百貨店で入院患者Aのために金一万一一〇〇円、同Bのために金八九〇〇円、同Cのために金一万五八〇〇円の各日用品を購入し、この代金を立替え支払つたので、これを右各患者のため保管中の前記当座預金から支払つてくれるようにとの要求があつたので、右山田は、右要求に従つて右要求金額の前記小切手を切つてこれを右事務長に手交したところその後右小切手により前記当座預金が引出されたことが認められ<る。>。ところで、<証拠>には、事務長が山田に対して右判示のように預金引出を要求したのは、抗告人から右事務長に対し、抗告人が前記東急百貨店で自分のドレスを買つた代金を前判示の患者らの日用品を買つた代金であると仮装して右代金額相当額を前示患者の生活費保管のための当座預金から引出すようにとの依頼があつたためである旨の記載がある。しかしながら、<証拠>によれば、右記載の内容は真実と合致しておらず、右預金の引出しについては抗告人は何ら関与していないことが認められる。他に抗告人か抗弁1の(3)のロの(イ)記載の不正行為をしたことを認めるに足りる疎明資料はない。そうだとすれば抗告人が右不正行為をしたことは認められない。

<証拠>によれば昭和四九年一二月頃抗告人が本件病院で使用するために株式会社白衣から炊事用ゴムカツパ七着を代金一万五一二〇円で購入したが、前記事務長が右の頃前記山田に対し、右代金は入院患者A及び同Bのために日用品を購入した代金であるので右両名の生活保護費保管のための前示当座預金から支払つてくれるよう要求したので、右山田は右代金額と同額の小切手を切つてこれを右事務長に手交したところ、その後右小切手により右当座預金が引出されたことが認められ<る。>。しかし、右事務長が抗告人から指示されて右不正行為をしたことや右不正行為に抗告人が関与したことを認めるに足りる疎明資料はなく、<証拠>によれば、却つて右不正行為は右事務長が独断でしたもので、抗告人はこれに全く関与していないことが認められる。そうだとすれば、抗告人が抗弁1の(3)のロの(ロ)記載の不正行為をしたことは認められない。

ニ 当審証人山田文子は、抗告人から昭和五〇年一月頃本件病院の会計を担当する右山田に対し、抗告人が斉藤工務店に支払うべき工事代金を前示患者の生活保護費保管のための当座預金を引出してこれを支払いにあてるよう要求があつたので、右山田は抗告人の右要求に応じて右工事代金額と同額の小切手を右斉藤工務店(但し、抗告人の指示により受取人を斉藤商店と記載)あて振出してその頃右当座預金により右工事代金を支払つた旨供述し、<証拠>には右供述と同趣旨の各記載がある。しかしながら、<証拠>によれば、右証人山田の右供述及び<証拠>中、右山田の小切手振出の措置が抗告人の指示によるとの部分はにわかに措信できず、他に右事実を認めるに足りる疎明資料はない。そうだとすれば、抗告人が抗弁1の(3)のロの(ハ)記載の不正行為をしたことは認められない。

ホ <証拠>によれば、昭和四八年七月頃、抗告人は、本件病院の従業員の源泉徴収税の納付資金に窮してその資金合計金一三〇万円を捻出するため三回にわたつて前示患者の生活保護費保管のための当座預金から金一三〇万円を引出してこれを一時右納付資金に流用したことが認められ<る。>。右認定事実によれば、抗告人は、前記患者のためにのみ使用すべく依頼されて保管していた右患者の生活保護費を本件病院の経営資金に流用したものであるから、本件病院の経営に関し不正行為をしたものというべきである。

ヘ 相手方の意思に基づき昭和四九年一一月一日別紙一不動産目録(三)記載の建物につき抗告人が三分の一の共有持分を有する旨の所有権一部移転登記がなされたことは前記(二)に判示のとおりであるから、抗告人が抗弁1の(3)のハ記載の不正行為をしたことは認められない。

(4) しかしながら、相手方も上野病院の経営に関して不正があり、多額の脱税をしたとして所轄官庁の追求を受けていることは前判示のとおりであり抗告人の右(3)のホ記載の不正行為によつて相手方と抗告人との間の信頼関係が、前示経営委任契約を維持できないほどに著しく破壊されたものとは認め難い。

それ故、相手方がした、(1)で判示の抗告人に対する解除の意思表示は無効のものといわざるを得ず、抗弁1の(3)は採り得ない。

(5) 仮に抗告人の前記(3)のホに判示の不正行為が前示経営委任契約解除の原因となり得るものとしても、相手方が抗告人に対し前示経営委任契約解除の意思表示をなすに至つた主たる動機ないし原因は前記(二)の15に判示のとおり自己の願望を実力をもつて遂げんがためであつて、抗告人が前示不正行為をなしていることを発見してこれを糾弾するため止むに止まれず右解除の挙に出たものではなく、右不正行為はいわば後からにわかに附け加えた解除の理由付けにすぎないことが推認できること、抗告人のなした前示不正行為は、弱い立場の患者の生活保護費を本件病院の経営資金に流用したものであるから厳しく糾弾されるべき行為ではあるが、その金額は本件病院の後示のような収益からみれば、左程の高額でなく、その埋め合わせは容易と認められるし、また前記(二)に判示の事実によれば、抗告人はほとんど独力で刻苦勉励して本件病院の経営を隆盛に導いたことが認められるので、右不正行為の一時をもつて抗告人の右地位を一挙に奪い去るのはいささか酷にすぎるものというべきであることなどの諸般の事情を斟酌すると、相手方の抗告人に対しなした前示経営委任契約解除の意思表示は権利の濫用であつて、その効力を生ずるに由ないものというべきである。

してみれば、抗告人主張の再抗弁2は理由があるので、結局相手方主張の抗弁1の(3)は理由がないことになる。

(六)  抗告人と相手方とは前記(三)に判示の本件病院の経営委任契約を締結しているものであるから、右契約に基づき、相手方は、抗告人に対し、相手方が本件病院の前示開設者、抗告人が本件病院の前示管理者の関係において、抗告人に、本件病院の施設である別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産及び患者の治療のため必要な書類である別紙二動産目録記載の各動産を占有使用させて、本件病院を経営させる債務を負担しているものであるといわなければならない。しかるに、前記(ニ)の15に判示の事実によれば、相手方は昭和五〇年月二八日抗告人の右各不動産及び右各動産についての占有を侵奪して、じ来これらを占有し、みずから本件病院を経営しているものであるから、抗告人に対する右経営委任契約に基づく右債務を履行していないものであるといわなければならない。

そうだとすれば、抗告人は相手方に対し右経営委任契約に基づき別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産及び別紙二動産目録記載の各動産の引渡しを求める権利を有するものといわなければならず、抗告人が申請の理由(一)の1で主張の争いある権利関係については、その存在につき疎明があるといわなければならない。

二保全の必要性について

(一)  <証拠>を総合すれば、抗告人は、昭和四五年一〇月一日から同四九年一二月三一日までの間に本件病院の経営により申請の理由(二)の2の(1)記載のとおりの多額の収入を挙げてきたこと、(右の間における本件病院の収入額については当事者間に争いがない。)ところが、抗告人は、相手方から昭和五〇年四月二八日本件病院の施設である別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産の占有を侵奪されてから以降は本件病院の経営に関与できなくなり、右に判示の多額の収入源を失つたこと、そのため止むを得ず、他に勤務しているが毎月金四〇万円しか収入がないこと、それ故、抗告人は、本件病院の経営のための建物建築資金として昭和四七年一一月七日北海道銀行から貸付けを受けた借金の元本七五〇〇万円の残金四八〇〇万円に対する毎月の割賦弁済金元金一〇〇万円及びその利息約金四〇万円の支払いができなくなつて、右銀行から別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産に対し担保権を実行されるおそれがあること、また抗告人は、昭和四九年度所得税の納付分金五〇〇万円(右納期は昭和五〇年五月三一日)が納付できないため、同年八月一八日抗告人所有の札幌市中央区北三条西一二丁目所在の建物に対し滞納処分による差押を受け、更に昭和五〇年度の道市民税合計金三九九万三六〇〇円(納期限同年六月三〇日金一九九九万六八〇〇円、同年九月一日金一九九万六八〇〇円)が納付できないため昭和五〇年一一月八日抗告人所有の札幌市北区北三二条西四丁目所在の土地について滞納処分による差押をされたこと、別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産は相手方が前判示のとおり昭和五〇年四月二八日占拠するまでの間は本件病院経営に必要な施設として全部使用され、抗告人が今後本件病院を経営する場合は右不動産全部を使用する必要があること、相手方は現在老父母二人とともに別紙一不動産目録(四)記載の建物の別紙四図面のの二階部分に居住しているが、疎明資料によつて窺われる相手方のかなりの経済力等からすれば、相手方が他に住居を求めて転居することはさほど困難とは認められないこと、本件病院の従業員は抗告人に同情して協力的であり、今後抗告人が本件病院の経営を従前どおりにするようになつても右従業員の大部分は抗告人に従うであろうことがそれぞれ疎明され<る。>。相手方が昭和四五年九月中旬頃前示経営委任契約の約定に基づき抗告人を医療法一二条一項但し書による本件病院の管理者に選任して、同年一〇月一日頃右選任につき同法条に基づき北海道知事の許可を得たこと、その後相手方が抗告人に対し前示経営委任契約の取消ないし解除の意思表示をなしたが、右意思表示は無効であることは前記一の(二)の3、4及び同(五)の2、3に判示のとおりであるから、抗告人は現在も依然として右管理者の地位を保持しているものといわなければならない。なお<証拠>によれば、相手方は昭和五〇年四月二八日北海道知事に対し本件病院の右管理者を抗告人から相手方に変更する旨の届出をしたことが認められるが、右変更届がなされたことによつて抗告人が右管理者の地位を失ういわれはないことはいうまでもない。

(二)  右に判示の事実によれば、抗告人は、昭和五〇年四月二八日相手方から本件病院の施設である別紙一不動産目録(一)ないし(四)記載の各不動産の占有を侵奪されて本件病院の経営ができなくなつてからのちは本件病院経営当時の多額の借金や滞納税金を支払えなくなつて抗告人所有の財産に対し差押処分を受けているので、このまま推移すれば、早晩、その所有財産の全部を失い、本件病院経営の基盤を失うという甚大な損害を被る虞れがあり、著しい窮迫の事態に立ち至つているものというべきであり、他方抗告人がこの事態を避けるには本件病院に復帰してその経営にあたることが適切な方法であるところ、抗告人は現在前示管理者の地位を保持しているので、今本件病院に復帰しても適法に本件病院の経営をなし得るものである。以上の次第により、抗告人主張の保全の必要性については疎明があるものということができる。

第三結び

本件に顕わられた疎明資料によつて認められる本件諸般の事情に鑑み、当裁判所は抗告人が金二〇〇〇万円の保証を立てることを条件として、本件仮処分申請(当審で新らたになされたものを含む)を許容すべきものと認める。

よつて、抗告人の本件仮処分申請(但し原審申請のもの)を却下した原決定は不当であり、本件抗告は理由があるから、民訴法四一四条、三八六条に基づいて原決定を取消したうえ、抗告人の本件仮処分の申請(但し当審で新らたにされたものを含む)につき主文二の(一)ないし(三)のとおりの仮処分を命ずることとし(主文二の(二)の但し書前段による、執行官に対する札幌地方裁判所の命令は同法七一二条の準用によるべきものである。)、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(宮崎富哉 長西英三 山崎末記)

別紙一、二、三、四《省略》

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